お寺で風邪をひいてはいけない!
(風邪だ。。。)
メイは、冬になると必ず風邪をひく。
悪寒がして、手足がだるくなり、熱が出てきたようだ。
和尚様に言う。
「熱があるみたいなので・・・」
”寝てなさい”と言われるナと、思いながら。
しかし!
まったく予想外の言葉が返ってきた。
「無視しなさい」
(は?)
だるいとか、熱っぽいとか、考えるからいけない、知識を働かせるな!と言われた。
それだけだった。
大丈夫か?という心配もなし。。。ですか?
しかも、無視しろって?!
(あぁ・・すでに気持ちさえ悪くなってきたんですけど・・・)
熱があったら「寝る」くらいは馬鹿でもわかる。
そんな考えでも「知識」なの???
メイは、最初から今日の掃除を放棄し、部屋で寝ていようと思っていたのに・・・
(それが知恵なのか?)、
仕方なく、目の前の雑巾を絞り、冷蔵庫を拭き始めた。
上から下を拭いていくに従い、吐き気がおそう。
(確か、無視しろって言ってたよね)
襲いかかる吐き気と戦いながら、メイは急にふっきった。
こうなったら!
妙な意地を張って、ぶっ倒れるまで、こみ上げてくる吐き気を「無視」しようと努力した。
いつもだったら、
~ヤバイ、ここで寝てないと悪化する~などと、まえまえからの知識を巡らせて、すぐに横になっておく。
母がいれば、すぐに病院に連れて行ってくれ、いたれりつくせりの介抱してくれる。
でも、ここでは、「無視」なのだ。
体節々痛むけど無視。
風邪悪化する、、、とか考えない!
とにかく床を雑巾がけだ!
うっ、き、気持ち悪い・・・
いや、無視だ、無視!
無視と不安との戦いだった。
体が時々ふらふらして言うことをきかなかったが、なんとか右へ左へと雑巾を動かす。
もう、こうなったら、やけくそ。
ここで倒れちゃいけないとかいうことも無視だ。
重要文化財の襖絵を破って倒れようが、もうそれでもいい!
「フラフラ」する自分も無視することにした。
しかし、一日が終わるまで、なんとかメイは倒れなかった。
人間は結構いけるものである。
いつもの時間に床につく。
その途端!
う~~っとこみ上げてくるものを感じ、そのままトイレに直行!
逆流する胃の消化物にトイレから一晩ほとんど出れず、結局あんなに横になりたいという思いは、結果的に「無視された」
あんなに吐きまくったことはなかった。
しかも、あんなに具合悪いのに、ほっとかれたこともなかった。
でも、不思議と、気持ちは晴れ晴れしていた。
いつもだったら、ちょっとだるくなると、大事をとって寝てたし、
(熱が出るな)
→熱が出たら、具合悪くなるな
→今日の夜は最悪だな
→明日も長引いたらどうしよう
うう、くるしい、早くよくならないかな、くるしいなあ、、、
とグルグル考えていく。
しかし、今日は、苦しいのを無視して、とにかくその場の掃除に集中しようと一生懸命だった。
はくときも、「はきそう」「はきたくない」「がまんしよう」「くるしい」とうい思いはなくて、もうどうしようもなかったので、思い切り出した。
そのことしか考えられないくらい(限界超えてたようだ)。
なんか、すっきりした。
次の日は、結局起き上がれなかった。
だから寝てたんだけど、
本当に起き上がれないから寝てるしかないわけで。
しかも、ほっとかれるわけで、
それで、仕方ないので一生懸命、一人で寝ているしかなかった。
お寺では、寝てる人は、「一日働かざれば食うべからず」で、面倒はみてくれない。
夕方になって、京子さんが仕事を終えて戻ってきて覗いてくれた。
「み、水・・・」
なんてありがたい、命の水だぁ。
京子さんの差し入れをがつがつ食べて、もういつもの寝る時間になっていた。
明日は起きれたら、また掃除だ。
起きれなかったら、寝てるしかないわけで、、、
そう思って布団をかぶったメイは、はっと気がついた。
(そうか!)
「熱があるんですけど・・・」
そんな気持ちで生きてちゃ、その時々を一生懸命生きてることにならないんだ。
一晩苦しんでみて、やっと和尚様が言われたことがわかった気がした。
それは、きっと、一晩中のたうちまわらなければわからなかったことなのだ。
そんな風に言葉だけでは理解できない、体で納得するしかない瞬間というのがお寺にはあった。
明日もきっとお寺では、寒いのでやめておけばいいのに、朝起きたらすぐに戸を全部開け放つだろう。
起きたら戸を全部あける、というのがとにかく毎日の朝一の仕事なのだ。
寒いからやめたらとかそんな賢い知識を働かせる人がいないのだ。
開けるときは開ける、寒くなったら「さむいね」と思うだけなのだ。
なんて言ったらいいんだ、こういうの。
たぶん、言葉では言えない。


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