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欲しい言葉は降って湧いてくる?

静岡の社中(稽古場の仲間)の先輩方が、京都旅行に来ると連絡があった。

しかもメイの休みの日に合わせ、夕食をご馳走してくださることになった。

「お寺に居ると、こってり中華も食べれないでしょ」

「ほら、遠慮しないで食べて」

厳しかった先輩も、今日はすごくやさしい。

「大変だよね」

「お寺ではいろいろあるでしょ」

中華の丸テーブルを囲んで、メイを慰労する言葉をかけてくださる。

先輩たちに心配されればされるほど、不思議に、

(あれ?それほど大変じゃないかも・・)

と、思い始めている自分に気がついた。

不思議な感覚だが、言われれば言われるほど、お寺には、それ以上のことがあるように感じる。

先輩たちの「辛いでしょ~」「苦労するね~」という言葉をきっかけに、

段々とメイの頭の中に雲が湧き上がるように、その気持ちが渦巻いてくる。でも、それは、はっきりとはつかめない思いだった。

の稽古に行ったとき、偶然、先生が言われたことに、はっとした。

――お寺の方が楽でしょ

「え?」

皆とは逆の先生のお話に、最初はびっくりした。

だって、誰もがメイに「大変でしょ」と声をかけてくれるのに。

内弟子の先生は、「楽でしょう」と言われたのだ。

それは、単に一般的な心の修行の話をされていただけで、メイに言われたのではなかったが・・・

妙にズキンと響いた。

「御寺に入れば、頭剃って、僧衣を着て、世間と遮断され、廻りも修行者ですから、実のところ、とても修業しやすいのですよ。環境が整ってます」

――俗世で独り心を磨くほうが難しいですよね、実は。

 志さえあれば、寺のほうが楽・・・。

内弟子の先生が、ご自身の実体験に基づいて言われたことにメイは、はっと気がついた。

 (そうだ、だから先輩たちに言われて、余計に自分が実は楽してるって、感じたんだ)

苦しくて苦しくてたまらなかったお寺が、本当はすごい甘えさせてもらってるんだ、そうちょっとだけ実感できたということは・・・メイは少し変わってきたのかな。

欲しい言葉といのは、こうも上手く欲しい時に降ってくるものなのか、

たまたま成長したからキャッチできたのか、先輩と先生の偶然の言葉に感謝した。【つづく】

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