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2009年5月

茶筅で「の」の字を書くのもなし?

京都の宗匠の稽古場では、

毎週、内弟子先生が交替で代稽古をつけてくださる。

一番厳しいといわれてた先生が当番の日が、メイは一番うれしかった。

(この先生になら、なんでも聞ける)

そう思わせてくれる言葉を、必ずこの先生は選んでくれる。

茶筅通しのことを、

「茶筅とうじ」と言われた。

「湯治」の音を連想させる。

竹の茶筅を湯に通すことで、

穂先がやわらかくなり、茶を点てる準備となる。

その一言を聞いたら、

自分がまるで温泉につかっているかのように、

ほ~っっと、茶筅が温まり、柔らかくなっていくのを感じることができた。

その茶筅をお茶碗から上げる時に、

静岡の先生ならこう言う。

「はい、「の」の字を書いて、真ん中からあげる」

・・・・

そう言われると、メイは一生懸命、の と茶筅で茶碗の中に書き、

真中から、真ん中から、と上げる。

・・・

でも、ここでは、先生は、

――茶筅を振った湯を、ゆっくり大きく(茶筅を)茶碗全体で回すことで、湯を静めます

と言うのだ。

びっくりした。

そうだ、そうだったんだ、の の字を書くんじゃなくって、

湯面を整えていたんだ!

ガーン

そして、「真中から引き上げる」というかわりに、

茶碗の縁に茶筅がつかないように、湯の中央から上げるとよい

という言い方をされた。

(茶をたてた時など特に茶が茶碗の縁についてしまうこともあり)

そう、ここなんだよ、

真中から上げるのが重要と云う事ではなく、

茶碗につかないところというと、中央が一番合理的なんだ!

たぶん、先生は、自分の心に従って言葉を紡いでいるだけなのだと思うのだが、

それがメイには感激だった。

言葉の表面しかとれないメイにとっては、

の の字よりも、

湯面を静めるというのは、

まさに茶の湯をしているという意識が保てたのだ。

もし、もし、メイが将来(ないかな)

お茶の心を誰かに伝える時がきたら、

言葉を選ぼう、

の の字禁止令を自分にしいた。

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柄杓は「構えるんじゃない」って?

なんだろう・・・

この内弟子先生は、

私たちの心にずんと響く言葉を

きちんと選んで伝えてくださる。

たぶん、それもこの先生のお茶なんだ。

だからズンと深いところにくるんだ。

「はい、ここで柄杓を構えて」

そう静岡の先生に教わってきたし、

教科書にもそうやって書いてあった。

でも、内弟子先生はその言葉を特に使わない。

(メイがきちんと先生の言われたことを理解できているかどうかはわからないが)

たぶん、こういうことを伝えようとしてくださっていた。

利休以前に一般的だった「台子」での点前では、

柄杓はちゃんと「柄杓立」という置き場所に置かれていた。

でも、利休周辺から柄杓立などもなくし、

できるだけ最小限の道具で茶を点てる工夫をしはじめ、

今はそれを私たちが習っている。

だから、柄杓を置いておくことができない時、

手に持っていないとならない。

左手に持たせるのだが、

左手がしっかりと柄杓を持ち固めるまで、

右手を添えて持つのである。

柄杓立にあったように立てて左手に持たせるのだが、

その形が「構える」という便宜的な言葉で使われているのだ。

しかし、「構える」と言われると、なんかポーズみたいだった。

先生が柄杓の扱われ方の歴史から、

なぜ、両手でこんな風に持つのか、

御話してくださったので、

メイは本当の意味で「構える」ということがわかった。

先生はメイがポーズみたいに構えてたので、

わざと、「構える」って言葉を避けたのかもしれない。

人に何かを教えるって、言葉を選ぶのはすごく重要なんだと思った。

それに、その人が使う言葉は、

その人の茶道観を表すものでもあるんだ。

左手でしっかり持たせ、位置を決め、

その後、右手で他のものを扱う必要があるからなんだ。

左手が柄杓立の代わりだったんだ。

ここでも、ガーンだった。

だって、利休さんやその師匠たちが、

柄杓立をなくしたその心まで今日のメイは左手にずしんと感じているからだ。

なんだ、点前が本当に面白くなってきた。

(教科書だけじゃ、だめなんだ)

人から人へ伝えるってことってすごいことなんだ。

でも、こんなショックはまだまだこれだけじゃない。

(つづく)

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茶杓は打つんじゃない?

メイは京都の稽古場に来て、

発見ばっかりだ。

~というか、今まで習ってきたものが全部覆されるような・・・

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

コツン!

(あっ)

茶杓を茶碗に打つ時、ちょっと強く打ち過ぎた、と思った時だった。

静岡の先生だったら、こう言う。

「メイさん、強く打ち過ぎ、もっと静かに、茶碗割れちゃうでしょ」

そう言われると、思ってメイは委縮していた。

・・・でも、今日の内弟子先生は、違った。

「打つのではなく、茶を落とすのですよ」

「え・・・」

そのとき、メイの目から鱗(うろこ)ならぬ茶がぽろぽろと落ちた。

お茶になれ、と先生は言われた。

自分が茶になり、茶杓に乗っかっていたのに、そこから落とされた気持ちだ。

(これなのか!)

衝撃的だった。

表面的には、強く打つことを注意された、

2人の先生はまったく同じことをメイに伝えようとしているのに、

「茶を落とす」と言われたのは、

すごくびっくりした。

そうなんだ、ここで茶杓をコンコンと打つのではなくって、

茶を落とすという所作なんだ。

すごく当り前のことがわかってなかった。

それに自分が茶になるって、すごい。

そう思うと、余計な力はいらなくて、

ふっと急に加速がつけば、びっくりして茶の粉は落ちるだろう。

強く打たなくたっていいんだ。

同じ所作なのに、メイはこれから打つのではなく、茶を落とすだろう。

どきどきした。

うれしかった。

なぜ、こんなことがそんなにうれしいのかわからないけど。。

そんなことがたくさんあった。

(つづく)

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利休にたずねよ』を読んで感想文的、私も小説的に書こうと、書いたブログも今一章1話で止まってます。。。が、がんばります。またぜひご覧ください。

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